【ラグビー】日本を代表する歴代最高のスタンドオフ5人

スポーツ

近年、急激に注目度を増したスポーツ「ラグビー」。
今回は、これまで日本のラグビー界を創り上げてきた歴代のスター選手を、
ポジション別に5名ずつ紹介していきます。
この5名はラグビー好き、興味がある人なら必ず知っていて損はない選手達です。
今回は「スタンドオフ」です。

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日本を代表する歴代最高のスタンドオフ5人

お兄ちゃん
お兄ちゃん

【スタンドオフとは?】

まさにチームの司令塔的なポジションです。

走りで見せる「バックス陣」の先頭に立ち、パスの展開や自ら走る、蹴るなど、攻撃の起点を作っていくのが役割です。

幅広い能力が求められます。

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小野 晃征

小野 晃征(おの こうせい)
1987年4月17日生まれ
愛知県名古屋市出身
代表キャップ数:34
2021年現在:現役プレイヤー


ラグビーリパブリックより引用

3歳でラグビー世界一の国ニュージーランドへ移住したため、自然な流れでラグビーをはじめる。一気に才能が開花し高校時代には、ニュージーランドU-19代表候補に選ばれるなど、突出した経歴を持っています。
2007年に日本へ来日した際には、本人曰く「99%ニュージーランド人」と言うほど、ニュージーランドに愛国心を持っていました。
日本代表での活躍の際には「51%ニュージーランド、49%日本人」とコメントし、日本愛が生まれていました。(笑)
2015年ワールドカップでは、勝利した3試合の全てで司令塔を担いました。
これまで3度のベストフィフティーンも獲得し、2016年には得点王にも輝いています。
現在も日本のトップリーグで活躍しています。
後世に受け継がれる名スタンドオフの一人に間違いはないでしょう。

田村 優

田村 優(たむら ゆう)
1989年1月9日生まれ
愛知県岡崎市出身
明治大学
代表キャップ数:65
2021年現在:現役プレイヤー



明治大学を卒業後、トップリーグチームNECグリーンロケッツに加入。
2016年からは日本代表の司令塔として数々の世界戦で活躍しました。
中でも2019年日本開催ワールドカップでは、全試合スタンドオフとして出場するなど、大活躍でした。
当時の日本代表監督ジェイミー・ジョセフ曰く「日本で一番のスタンドオフ」と言われるほどの評価を受けていました。
代表キャップ数も65とスタンドオフでは、堂々の歴代NO.1。
さらに中学生までサッカーをやっていたことで、正確無比なキックを武器に得点を量産。
(2020年度ベストキッカー受賞)
現在もベテランとしてチームを牽引しています。
日本の近代ラグビーの火付け役として、貢献した名スタンドオフです。

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平尾 誠二


平尾 誠二(ひらお せいじ)
1963年1月21日生まれ
京都府出身
同社大学
代表キャップ数:35
1997年 引退



大学時代に当時史上初の大学選手権3連覇を達成し、その名を全国に轟かせ、
史上最年少で日本代表に選出されるなど「平尾伝説」が始まりました。
1986年には日本一のチーム神戸製鋼へ入団し、1988年からはキャプテンも務めました。
キャプテンになるや否や、1989年から日本選手権を7連覇するという偉業も達成。
1991年には日本代表のキャプテンとなり、世界と戦い続けました。
日本代表キャップは35と意外と少なく感じますが、当時の世界戦の少なさを考えると十分と言えます。
その後も活躍はとどまらず、史上最年少で日本代表の監督に就任しました。
おそらく40代以上のスポーツ好きで、平尾選手を知らない人はいないと思います。
まさにサッカーで言うカズ、野球で言うイチローのような存在と言っても過言ではありません。
「ミスターラグビー」という名の通り、日本ラグビーを背負い世界と戦い、日本全国にラグビーの知名度を上げた張本人と言えます。
唯一残念なところは、短命だったということです。
こんなにも世の中に愛され、必要とされ、ラグビーが世に周知される事を誰よりも望んでいた方が、ワールドカップ日本大会を前に亡くなるという悲劇。
間違いなく日本ラグビーの歴史を作り、世界レベルに発展させたスーパースターの一人です。

廣瀬 佳司


廣瀬 佳司(ひろせ けいじ)
1973年4月16日生まれ
大阪府出身
京都産業大学
代表キャップ数:40
2008年 引退


東京経済オンラインより引用

京都産業大学を卒業後、トップチームトヨタ自動車へ加入。
加入後すぐに、トヨタ自動車12年ぶり全国社会人大会優勝に導くなど、司令塔としての役割を果たしました。
日本代表には、大学3年生から選出されており、長きに渡り活躍。
ワールドカップ1995年、1999年、2003年と3大会連続で出場しました。
日本屈指のキックプレイヤーでもあり、2年連続ベストキッカー&得点王に輝いています。
(ベストキッカーは3年連続)
また世界戦でも日本歴代2位の得点数を誇るなど、日本の勝利に貢献してきました。
2015年に引退してからも2019年ワールドカップでアンバサダーを就任。
2021年には母校の京都産業大学の監督就任など、日本ラグビー界を支えて続けています。
日本ラグビーを語る上で、忘れてはいけない伝説の選手の一人です。

松尾 雄治


松尾 雄治 (まつお ゆうじ)
1954年1月20日生まれ
東京都出身
明治大学
代表キャップ数:24
1985年 引退





明治大学時代にポジションを、スクラムハーフからスタンドオフへ変更し躍進。
4年生では明治大学初の日本選手権優勝に導きました。
その後、新日鉄釜石へ入団し、日本選手権7連覇に大きく貢献しました。
そして日本代表では不動の司令塔として、長きに渡り代表のスタンドオフの座についていました。
代表キャップ数は24。この時代の24というのは相当なモノです。
平尾選手の前の「元祖ミスターラグビー」として、今もなお日本史上最高のスタンドオフの呼び声も高いです。
怪我によって現役人生は短いものでしたが、プレイで与える衝撃は、凄まじいものがありました。
当時まだ弱小だった日本代表が、強豪国ウエールズと戦った時も、2点差とあと一歩まで迫ったことを考えると、松尾選手が司令塔として如何に試合へ影響を与えていたかが分かります。
間違いなく一時代を築いたスーパースターと言っていいでしょう。

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いかがでしたか??
5人全員がその時代のスター選手として、日本ラグビーを盛り上げてくれていました。
今後、この5人のスター選手を超える人が出てくるか!?
とても楽しみですね。

これから各ポジションの名選手を紹介していきますので、是非そちらも見てください!
これからもラグビーを観戦して、応援し続けていきましょう!!

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